Category | さきひおまま

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大好きなお姉さん

七夕に思うというずいぶん昔のブログで
さきが、おばちゃんに赤ちゃんがうまれますように・・って
お願いしていました。

私からいうと義理の姉です。
とても優しくて仲良しです。

でも、ずっと不妊でした。
41歳のときにはじめて妊娠したものの、
流産してしまいました。

お姉さんは、悲しくて泣いたと思うけど
私にはそんなことは一切いわず、
諦めてないから・・って
笑っていっていました。

しかし、流産のときに、子宮筋腫が13個あることが
わかりました。

お姉さんは医師に、悪性ではないから
放っておくことができるけれど、
今後妊娠しても今の状態では妊娠の継続が
難しいと告げられました。

お姉さんが、子宮筋腫を取り除いたら
妊娠は可能なんですか・・と聞くと
可能だけれどその手術後は1年間妊娠を
してはいけない・・と告げられます。

お姉さんは、一日も早く子どもが欲しい・・
でも、今の状態なら赤ちゃんがもしできた
としても成長とともに流産の可能性が高くなる・・
手術をうけると初産での高齢出産となり、
妊娠がさらに難しくなるかもしれない・・

とても悩んだそうです。

それでも、出産ができる可能性が少しでも
あるのならば赤ちゃんにとって最善の
身体になりたい・・と子宮筋腫摘出の
手術をしました。

そして、あれから1年半経ちました。

子宮筋腫摘出後も
色んな今後の治療を検討するために
医師を訪れたりしたようですが・・
血液検査で、甲状腺異常もみつかり・・
あなたが妊娠したら、医学会で論文が
発表できるとまで医師に言われ
泣いたこともあったようです。

でも、今赤ちゃんはお姉さんのお腹の中で
すくすくと育っています。5か月だそうです。

あっこちゃん、諦めないって
ホント大切だね・・。

電話の向こうでお姉さんは話しました。
その声は、赤ちゃんの誕生を一日一日大切に待つ
優しい声でした。2時間くらい長話をしたあと、
私は、とても幸せな気持ちになりました。
赤ちゃんパワーってすごいな・・。

無事に大好きなお姉さんの赤ちゃんが
この世に生まれてきますように・・。

銀河鉄道の夜

昨日久しぶりに銀河鉄道の夜
をみました。



テレビでやってたんですが、
昔主人と付き合いだして数年たった頃
「俺の大好きな映画」と
紹介されて・・

ぎょえっ~!!ねこのアニメ???

と(口には出しませんでしたが)
びっくりした映画でした。

当時は、そんなマイナスの先入観があったので・・
寝てしまったんですね~(苦笑)。

主人は星が好きで、彗星が近付いたりすると
星を眺めにいくんですが・・

そんなこともあってか
この映画が好きなんだと思いました。


実は、旅行好きな私が主人と最初に行った場所が
岩手県花巻市でした。

宮沢賢治の故郷です。


柳田邦夫とも縁がある地で、
その地のもつ空気感が
不思議と童話やおとぎ話を生み出すと
行ってみて感じました。

宮沢賢治の本は、
有名なものはさらっと
読んだこともありましたが、

彼自身のことを知ったのは
子供が借りてきた
「マンガ宮沢賢治」の伝記でした。


結構、子供が借りてくる本(マンガ多し・・)
は面白い(笑)!


賢治は熱心な仏教徒の家に生まれますが、
幼いころから自然が大好きで山に登っては
石を集めたりという少年でした。


当時嫌われていた
キリシタンの人と友達になり
その友人の姿に心を動かし、
そして有名な
「雨ニモマケズ」をつくったと
言われています。


大切な妹を当時の不治の病結核にて
失います。
妹の亡きがらをもとめて、
汽車にのり
北海道へと旅立ち、

満天の星(天の川)に
その亡きがらを求めて

「銀河鉄道の夜」

を作ったそうです。



妹は自分の死(当時忌み嫌われていた伝染病)
をもって
賢治の心に激しく悲しみを刻みこんで・・

そして
後世に残る素晴らしい名作を
兄に託したのかもしれません・・。


今回、私はテレビで
以前若かりしときの恋人(今の主人)
に勧められた「銀河鉄道の夜」を観て、
激しく感動したんです!



何故なら、この映画にはものすごく沢山の
キラキラしたものがちりばめられていることが
わかったからです。


カンパネルラが

「お母様は僕を許してくださるだろうか・・
でも、きっと本当に良い事をしたのだから・・
許してくださるに違いない・・」

友達を助けようとして
代わりに溺死したカンパネルラは
母の愛をしっているからこそ・・
自分が母よりはじめに
死んだ事を・・
複雑な気持ちで伝えています。


自分の身体を神の道具として
おつかいください・・・
という無私の状態・・

そして・・奪う事の虚しさ・・・・

与える事の意義・・

命さえ与える事ができる人が
確かに存在しているということ・・・


沢山のことを暗示している
映画だとわかりました。



東日本大震災で、自分の命を
結果的になげうって
そして 誰かを助けようとした人・・

カンパネルラと同じで、
霊魂は、今神様のもとで安らかにいることを
この映画は改めて私に気付かせてくれたような・・


そんな気がしました。


町探検

今日はとってもうれしいことがありました。

学校ボランティアでひおのクラスが町探検に
でかけることになり、その引率ボランティアに
参加しました。


町探検は、クラスの子供達が
夏休みに紹介した場所をピックアップして
5グループ5人に分けて探検するのです。

自分の子供は別グループなのですが、
幼稚園の時にひおと
同じ組の優しい男の子もいました。

私が引率したグループに
ひとりチッピちゃんという
ダウン症の女の子がいました。

チッピちゃんは歩幅が
小さいのでみんなよりいつも
遅れるんですが、みんなは

暫く行ってチッピちゃんが
後ろの方にいるのを気付くと、

「チッピちゃんをまってあげよう!」

と、待ちました。


しかしチッピちゃんの足は、
どんどんと重くなり
とうとう歩けなくなりました。


普通に歩いても2時間ほどかかる探検なので、
大人でも少ししんどいかなぁ・・という
距離なのです・・。

しかも、アップダウンの急な坂道が
幾つかあるのです。


チッピちゃんは、誰ともなかなか手を
繋いだりしないのよ・・
と養護の先生はおっしゃっていたのですが、

私が「おばちゃんと手を繋いでがんばろうか・・。」って
いうと、ぎゅっと私の手を握って、それから一生懸命
一緒に手を繋いで歩いてくれました。


他の子供達も先に進んでは、チッピを待とうよ!
と言って待ってくれます。


チッピちゃんも一生懸命頑張って歩きました。


足が棒になったことでしょう・・。
炎天下でとても暑くて、疲れたことでしょう・・。
でも、どの子も本当に頑張りました。

ゆっくりですが、チッピちゃんも
一生懸命歩きました。


「給食で300個くらいアイスが食べたいよ~」
と、キラキラした眼で笑いながら子供達は言って
いました。


本当に頑張りました。


子供達の笑顔と、チッピちゃんの頑張りで、
今日はとっても幸せな気持ちをプレゼントしてもらった
ような気がしました。


学校に辿り着くのは一番遅かった
のですが、本当に本当に頑張りました。
みんなありがとうね!

北海道旅行記

長い旅行記です・・お付き合いいただけます方・・
ありがとうございます。

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8月12日 函館入りです。夜景を見に行き
次の日の朝は函館朝市を楽しみました。
その後、五稜郭を見学し、
定山渓の旅館へ向かいました。
蝦夷富士の羊蹄山とか、洞爺湖とか
車窓や休憩所でみました。綺麗でした。


IMG_1896_6_1.jpg

8月13日 クラーク博士の銅像を見学。
雨のため・・さっと見ました。
羊が草を食んでてひまわりがとってもきれいでした。

IMG_1918_7_1.jpg

札幌の時計台をみてから・・
北海道道庁を見学しました。
お花がとってもきれいでした。
北方領土のこととか・・
北海道の開拓のこととか
勉強になりました。


8月14日に富良野に入るのですが、
激しい雷雨のため一歩も外にでる
ことができませんでした。
 
8月15日はラフティングに挑戦。
前日の雷雨のため、
川はカフェオレ(笑)状態で
水量も多かったのですが・・・
さきひおは楽しんでいました。

しかし・・・川下りの最中に
またもや雨・・・・。(涙)
その日の夜からあかねが、
39度の熱をだしてしまいます・・。

その日は川下りだけでなく
気球にのったり、
夜の星をみるツアーの2つに
申し込みしていたのですが・・
すべてキャンセルでした・・。

ホテルの人が優しくて、
氷枕を用意してくれたのですが・・
あかねの熱は一向にひかず
8月16日朝に富良野の病院に直行しました。

ひとまず、薬を処方してもらい安心・・。

その日は、知床まで移動の予定・・(涙)。
今回の旅行で一番長い移動・・。

あかねの様子を心配しつつ早くホテルへ・・・
途中下車する予定は全てキャンセル・・。
ただでさえ7時間ほどかかる移動・・。
 
私たち夫婦はかなりハードな旅行に
慣れていて・・ 幼い子供連れである・・
ゆったりしたスケジュール・・が必要・・
ということを忘れてしまっていました。
 
あかねに申し訳ない気持ち・・で
ホテルに早くつきたいと思うのでした・・・。

そんな最中・・さきが車に酔って気持ち悪い・・
というので津別で休憩しました。さきが
突然涙目で私のところに来ます・・。

さきの足に大きな蜂がプスリと
刺したようです(涙)・・・。
痛い・・と半泣き・・。

パパが吸って、毒を出したものの・・
またもや病院へ・・。
 
幸い、病院は車で10分のところにあり・・
お盆で休暇中だったのですが・・
急患でみてくださいました。有難かったです・・
 
これぞ、泣きっつらに蜂??(苦笑)

 
IMG_1958_9_1.jpg 

気をっとりなおして、
車で知床のホテルに向かう途中
鹿がでむかえて・・?くれました。
うじょうじょ・・
でてくるんです・・。(笑)

3時くらいに予定では着くはずだったのに・・
アクシデントがあったので・・夕方遅くに
着いたからか・・夜行性の鹿が沢山・・。

行くまでに20頭は見ました。
あかねもその頃には、少しよくなった・・?かに
思われました・・・


IMG_1966_10_1.jpg

食事と温泉はパパと交代で・・。
                   
IMG_2004_11_1.jpg

8月17日知床五湖をさっとみました。
解熱剤のおかげか・・あかねの熱は下がったように
思われました。これで良くなるね・・と
ひとまず安心。
 
知床はとても綺麗でした。あかねの
体調のこともあるので、パパと交代です。

道民が自然を大切にしているからこそ、手付かづの
大自然が残っているんだなぁ・・と車窓をみても
感激しました。


函館入りの日以外は実はずっと雨でしたが・・
知床は晴れてくれました。           

IMG_2024_13_1.jpg 


神の子池は摩周湖に行く途中にある
パワースポットです。

森林にはいるとピンと張りつめた空気が
神社や教会の空気と似ていて・・

また池の澄んだ青色と、池の中の木が腐らない・・
ことも神秘的でした。駐車場から2分くらいで
池が見えるので、パパがあかねを
だっこしてくれました。

IMG_2035_14_1.jpg  

そして、摩周湖へ。あかねの熱がまた少し
上がったように思われました。

大学生のときに北海道一周したのですが・・
そのときの摩周湖の百倍きれいでした。

あのときは霧で・・見えなかった・・。
霧の摩周湖・・。ですから・・
全景が見えてラッキー!


チェックインの時間がもうすぐなので・・
摩周湖から阿寒湖のホテルへ直行です。
あかねを布団へ・・。なんか・・やっぱり
あついなぁ・・・。
                     
体温計をかりることに・・・

このあと、何度か計ってみますが・・
39度台・・。お薬も効いていない・・・。
心配・・。
富良野から3日間ご飯らしいご飯も食べない・・。


さきひおは二人でお風呂にいってもらい・・
ごはんはパパと交代で・・。
                 
夜になって・・体温計を・・。

えっ・・・・

何度計っても、40度を超えてしまう・・。
もうすぐ41度・・。

あかねの意識がもうろう。目が白黒・・


フロントに電話して、
急患の病院を教えてください・・
と・・。
フロントの方が調べてくださって、

阿寒湖周辺には小児病院で
急患を受け入れてくれるところはない・・
       
1時間半かかって釧路まで行かないといけない
とのこと・・。

ホテルの人に相談し、救急車を呼ぶ事にしました。

救急車での1時間半・・・長かった・です(涙)
救急救命士の方の傍で、私はあかねの
足を握りしめていました・・。手は
心拍をはかっていました・・。

救命救急士の方は
不安な私を理解してくれて
落ち着いて対処してくださいました。

ごめんね・・・あかね・・・。
ラフティングなんてしなきゃ良かった・・。
もっと、ゆったりとしたスケジュールに
すればよかった・・。
色々と後悔が頭を巡ります。


入院施設はないため、深夜11時をすぎてから
釧路から阿寒湖まで帰ることに・・。パパが
ホテルから迎えに来てくれました。
座薬や吸入などのおかげで、あかねの熱も
38度台に下がりました。

釧路から阿寒湖へ帰る途中、沢山の
キタキツネ、鹿、狸にあいました。
キタキツネはとても小さいんです。
どれも夜は目がキラっと光るので
車中からわかるんです。


夜中のドライブ。
さきひおあかねは後部座席でねていました。
パパと反省会のドライブでした・・。

                             
       

IMG_2044_15_1.jpg  

色々ありましたし・・
雨にも沢山ふられましたが・・
北海道は良いところでした。
マイナスイオンの宝庫であり、
道民が優しかったです。
そして、食べ物がおいしかった!

帰った18日は、また38度の熱をだしたあかねも、
今日は咳を残すだけになりました。


熱をだして、朦朧とするあかねの傍で
どれだけあかねを愛しているか…を
再確認しました。

怪獣みたいなあかねだけど・・
いつまでも元気ですくすく育って欲しい。

さきひおも、パパも
元気でいつまでも仲良くいたいな・・・・と
思いました。

ヒバクシャからの手紙

ヒバクシャカラの手紙を夜遅くまで
みていました。

毎年、この時期になると
忘れてはいけない事実を
きちんと心に刻むために
私はNHKの夜の放送をみます。

そして、戦争を体験していないものとして
体験した人の言葉を想像しようと努力します。

13歳で被爆した方がお母さんへの手紙
を書いていました。

弟から、兄貴はお母さんの顔を覚えているだろう・・
ぼくなんか、顔すら思い出せないよ・・
と言われたようです・・。

また、66年たって、
原爆という事実が跡形もなく
忘れ去られていくのではないか・・
それが怖い・・と書かれていました。

戦争とは、朝一緒にご飯を食べたものが
夜一緒にご飯を食べることができるという
保障がないことだ・・・・

だから、僕はお母さんを忘れてはいけない・・。
お母さんの分まで長く生きていきます・・。


そう訴えていました。

番組にでていた姜尚中さんが

人への愛があれば、こんなことはおきない・・
とコメントしていました。

人への愛の基本は、まずは一番近い
自分を愛することだと思います。

自分はかけがえのない存在で
一見不幸と思われるような・・
理不尽な出来ごとに遭ったとしても、

「自分の根幹は誰からも何からも傷つけられない」
と知ることだと私は思っています。

自分が誰からも何から傷つけられないと
深く感じたのならば、
自分が自分を傷つけること・・
もしないと思います。

そして、自分を愛したのならば・・
次は自分の一番近い家族を深く愛す事が
出来ると思います。

そして、家族を深く愛することができたら、
その愛は必ず自分の周りや、大切な子供達にも
受け継がれていくと思います。

戦争は、複合的な要素と時代背景が重なって
起こった・・と別番組で渡辺謙さんが言っていました。
私もそうだと思います。


ヒットラーのような、悪の代名詞といわれるような人でさえ、
一人では何もできなかっただろうし・・、
それに賛同する人がいてあれほどの
悲しみの歴史を作ったのであるとしたら、
責任は彼一人にあるのではなかったはずだし・・・・

一人一人が大切な事、
自分を愛すること、
そして、自分の周りを愛する事、
この基本があったならば、
起こり得なかったことだと思いました。

私たち一人一人はかけがえのない存在で
生きていることも奇跡の連続で
出会うことも奇跡だと思います。

過去の歴史に深い傷を持っていて・・
それを語り継ぐ人の思いが
どれだけ深いかを感じながら、
テレビを見ました。
高齢になったからこそ、
ペンをとらなければ・・と
最近になってやっと気持ちを
吐露出来た方もいます。

それほどまでに、辛い経験だと
いうことです・・。

命を傷つけあうような
戦争など絶対にしてはいけないと
思いました。


まずは、自分を愛し、
自分の周りや出会った人を
愛すことができたならば


いいな・・と思いました。

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