鎌倉

GWは鎌倉に日帰りで行きました。
何年ぶりか忘れるくらい昔、
パパと一緒にいったのですが、
大仏と銭洗い弁天くらい
しか覚えていなくて・・(苦笑)・・
久々に行って楽しかったです。


関東はGW中とても天気が不安定で
私たちも、大雨にどっと降られ、
大仏は雨宿りをしながら
みました。

IMG_2502.jpg


雨に打たれた大仏・・アメニモマケズ堂々と
していました(笑)。



その後、雨がおさまってから
夕方に長谷寺を散策しました。
この長谷寺で・・めちゃくちゃ可愛い
お地蔵さんの数々に
巡り合えたのでご紹介します!

IMG_2585.jpg



IMG_2538_20120508084456.jpg



IMG_2565.jpg



あかねは地蔵とすぐに友達に・・(笑)


IMG_2576.jpg






雨上がりの花たちもとても美しくて


IMG_2552_20120508084527.jpg



IMG_2587.jpg




空にはトンビが・・



IMG_2573.jpg




さきが、どうしてあの鳥は、
羽をばたばたしないの・・?
とたずねると、


パパが
「空には気流があってそれに
身をゆだねてるんだよ〜」
と教えてくれました。



そういうギモンもわかない私は、
何かさきのギモンに新鮮さを感じ、
ちょっと感動しました(笑)。



帰りに鶴岡八幡宮に行きました。
ずっとまっすぐに続く参道が
お宮の入り口まで少しずつ
狭くなっていました。



IMG_2592.jpg

長くみせるための
遠近法らしいんですが・・
通りを歩く人が「まっすぐな参道」と
「産道」をかけて安産の祈願をする・・
といっていたので・・

私も義理のお姉さんのために
祈願してきました。


お守りも買ったので、送ろうと思います。
あと2か月ですから・・。


赤ちゃん たのしみだな〜。

主人への感謝

主人とは大学生時代からの付き合いで、
本当に長い付き合いです。

結婚すると、人は変わるよ・・とか
いいますが主人を見ているかぎり
あんまり変わらないなぁ・・というのが
印象です。

交際していた時から大親友のような感じで、
今でもそれはかわりません。

趣味は違うことが多くて
主人の趣味は口出しせずですが・・
安定感と穏やかさと表にださない
優しさがあって、そういうところが
大好きです。

家のことはあまりしないけれど
しない分、口もださないから
私にとっては、自分が好きなように
色んなことができてとても楽です。

結婚するまで5年くらいお付き合いしたのですが
この人と結婚したいな・・と思った
はっきりとしたエピソードがあります。

交通量の多い道路そばの歩道を
二人で歩いていたとき、
目の不自由な方が少し前方で白い杖をついて
歩いていました。
横断歩道の直前で、止まるかと思いきや、
その方は白い杖をつきながら
赤信号を渡ろうとしています。

少し交通量が少なくなっていましたが
赤信号でした。
私は「あっ、アブナイ!」
といいましたが、主人は持っていた
かばんを離してとっさにその方のところに
走っていきました。そしてその方を
さっと抱き寄せていました。

その男性はサンキューといってそのあと
青信号に代わるまで私の目前で主人と
いっしょにいました。

主人は海外研修中で、私のアブナイの声は
その方に聞こえていても届いていませんでした。
主人のとっさの判断を、すごく誇らしく
感じたのを今でも映像で覚えています。

妹が病気になった時も、何も言わずに
何か病気の手がかりになる本はないかと
本屋を巡り、何冊もの病気に関する本を
かってきてくれました。珍しい名前の病気で
本屋を探して見つけるのは至難だったと
おもいます。

妹が闘病中、妹のいる部屋はプライベートな
空間なので絶対あけることはなかったのですが、
治るまで本人が大丈夫になるまで居てもらって
いいよって私には言ってくれました。

主人は昔から家の中に入ってくる小さな虫は
必ずビニール袋にいれて、外に逃がして
あげます。私も結婚してから、一寸の虫にも
五分の魂・・と思うようになり見習うように
なりました。

一緒に生活していて、主人からは
言葉でない優しさを沢山見せてもらっています。

家族がいるおかげで、私は
楽しく幸せに暮らせています。
パパには少し恥ずかしくてあまり
目の前にして褒めちぎることってないのですが、
でも・・いつも心から感謝しています。




文旦

母から土佐の名産の文旦が届きました。

毎年この時期になると、何回か送ってくれます。

CA3F0537.jpg


お母さんいつもありがとう〜って

電話をかけたら、


M果樹園のみっちゃん(母の友達)に頼まれて

文旦をとる手伝いに行ってそこで

買って、送ったんよ〜


と教えてくれました。



M果樹園のみっちゃんとは、

ずいぶん昔から仲良くしていて、

私の通った保育園に、みっちゃんの子ども

も来ていました。


みっちゃんの果樹園は、この時期

文旦の借入時で

とても忙しく猫の手もかりたい・・

ということでこの時期だけ母が

手伝いにいくことになっているようです。



みっちゃんの果樹園で

文旦を買って、日ごろお世話になっている人達に

まとめて文旦を送る・・・この中に


母が言うには・・


みっちゃんは、母が手伝ってくれることをとても

喜んでくれ、



母も昔からの友達とそこで楽しく地元の果物を

つむ仕事をさせてもらう喜びがあり、


いただいたお給料で、

日ごろお世話になっている人たちにまで

美味しい文旦を届けられる喜びがあって、


また・・届いた人たちにも、高知の美味しさを

食べて喜んでもらえる・・・・・、


これってすごい幸せだと思う・・とのことでした。




「喜べば、喜びごとは喜びて、ますます喜びごとを

 運んでくる・・・。なんでも喜んでやることが

 大切やね!」


どこかから聞いて、

実家の壁に書いてかけてある言葉ですが・・

母は気に入って口癖のように言っています。



毎年この時期には母から届く文旦に、

すっかり、我が家の子どもたちは

スーパーでグレープフルーツをみても、



「文旦!文旦!買って〜」


というくらい、文旦には目がありません。



上品な酸味がある文旦が私も大好きです。



そして、明るくて、いつも笑っていて

朗らかな母のような人に私もなりたいな・・って

思います。




お母さん、ありがとう☆

 

「永遠のゼロ」 

「永遠のゼロ」・・少し前に注文して届いていたけれど
まとまった時間があるときに読もうと思っていた
本でした。
ひおのピアノの発表会にいく道中、
かなり遠い場所だったので
電車の中で読み始め、
その後周りが見えないくらいぐいぐいと
本の中に描かれた・・未知の世界に
引き込まれていきました。

涙だけでは語れない、
深く悲しい一人一人のかけがえのない
命のストーリーがそこには
散りばめられていました。
戦争という、抗えなかった運命の中で、
若き命がどんどんと散っていきました。

命は鴻毛より軽い・・と言われた時代から
命は地球よりも重い・・と変化した時代の中で
私は、戦争の中、軽く扱われた命に対して
思いを深く寄せることが、今まで無かったことを
強く反省しました。

愛する息子や夫が死ぬかもしれないと解って戦地に
送り出さなければならなかった母や妻・・
そして、「必ず」死ぬことが解りつつも
突撃しなければならなかった兵士たちの
言いようもない苦しみと悲しみと葛藤を
想像して、涙があふれてしまいました。

戦後・・戦いを経て生き残った生存者の
並々ならぬ努力の上、目まぐるしい発展を
遂げた日本を考えると、
今私たちが平和を享受することを可能とする
礎は、戦前をいき、そして戦後・・戦地で
散った命を胸に込めた人々が作ったといえると
思えるようになりました。

もし自分の命を鴻毛のように扱われたらと想像すると
どの言葉でも表現できないほど辛く悲しいと思います。
命は、どの人にとっても一つしかない大切なもので
そのことを深く感じずにはいられません。

東日本大震災は、戦後最大の悲劇といわれています。
私もそう思います。あれほどの命が天災でいっぺんに
散っていきました。
・・・
そう・・一人一人の人生が・・
大切な命がひとつずつ
いっぺんに2万も
散っていきました・・。

今こそ、私たちが試されているのかも
しれないと感じます。

戦後の復興というのは、
砂をかむ思いで戦争を生きた人が
築き上げたものでした。

震災の復興は、
平和を当たり前として生きてきた
日本の全国民が、もう一度心を一つにして
試されているのだと思います。

震災復興について日々報道されている中、
私は、苦しみ悲しむ震災の被害者をテレビで見て
亡くなった方、そして愛する人を失い残された方
の心の空しさを少しでも感じ・・

心を引き締めて、もう一度命のことを
深く考えています。

さらに良い日本へと復興させるには、
辛い人へ心を寄せて、
時が経っても忘れずにいること・・
そしてできることを少しでもしていくことが
大切だと思いました。

自分のしらない戦争の
苦く悲しい歴史を知ることは
私にとっては、とてもプラスのことだった
ように思います。
そこには、時代の中で一生懸命生きた人の姿が
生き生きとあらわされていました。
それは、今の私たちの姿に
勝るとも劣らない人たちの姿だと思えました。

最後に、この本を紹介してくれた友人に
心から感謝します。
ありがとう!

バイバイ太郎

太郎が昨日亡くなりました。
太郎は、赤ちゃんの時に実家の庭に誰かに捨てられた
犬でした。真っ白い犬でした。

太郎は、真っ白くてきれいで、
優しくて、あまり吠えることもなく
番犬にもならないね・・とかいっていたことも
ありました。

そんな中、太郎がとても吠えたり
くーんくーんと吠えるときがあり
どうしたの??とみんなで言っていたことが
ありました。

その後父の脳梗塞が見つかりました。
太郎にはご主人様の危機的状況がわかったんだと
思います。

太郎は、家の中に入るのがとても好きでした。
家のフローリングの一角に太郎の寝る場所を
作ってあげてそこでねていました。家族の
一員でした。

昨年夏帰った時に、太郎の真っ白い毛が
円形脱毛症のように剥がれ落ちていました。
太郎が病気になっていることはすぐに
解りました。拾われてから18年ほどが
過ぎていました。

生命には終わりがある・・とはわかっていても、
太郎がいなくなることは悲しいことです。

太郎が犬の天国で安らかに眠りますように。
バイバイ 太郎。 

CA3F01160001.jpg

カレンダー
プロフィール

Author:さきひおまま
〜共同ブログ(りすさんチーム)〜
さきひおまま・サリィ・
ミント・ルレクチェ・わこみ

ブロとも申請フォーム
ブログ内検索